インタビュー

街とともに歩み続ける「ブリヂストン美術館」

ブリヂストン美術館 学芸部長:貝塚 健

2015.10.21

ブリヂストン美術館の成り立ち  

ブリヂストン美術館は1952年1月に京橋1丁目1番地に開館しました。
当時は東京に美術館がほとんどなく、ブリヂストン美術館より古い美術館といえば大倉集古館(虎ノ門)と東京都美術館(上野)のみで、美術ファンにとっては非常に大きな出来事であったことは間違いありません。
この地域周辺は、明治時代、東仲通り(通称:京橋美術骨董通り)に古着屋や古美術商が軒を連ねていました。さらに遡り江戸時代には狩野派(日本絵画史上最大の画派で内裏、城郭、大寺院などの障壁画から扇面などの小画面に至るまで、あらゆるジャンルの絵画を手掛ける職業画家集団として、日本美術界に多大な影響を及ぼした)のお屋敷があったことからもわかるように、美術にゆかりのある街で、現在でも都内有数の古美術街になっています。
東京駅からも、日本橋・京橋の交差点からも5分と非常に恵まれた立地にあり、ブリヂストン美術館開館1年目には11万人以上もの人が訪れたほどの人気を集めました。

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創設者 石橋正二郎のコレクション

そもそも、ブリヂストン美術館は、ブリヂストンタイヤ(現 ブリヂストン)の創業者・石橋正二郎という実業家の個人コレクションを公開することを目的として作られました。正二郎は明治・大正・昭和の日本の油絵を中心に集めていましたが、戦後の社会変動期に国内の絵画が市場に出ると、戦前に舶載された西洋美術を積極的に購入していきました。明るい絵が好きでとりわけ印象派を好み、質の高い作品を収集していきました。同時に復興期にあった日本において、優れた美術品の海外流出をくい止める役を果たすことにもなります。例えば、セザンヌの《サント=ヴィクトワール山とシャトー・ノワール》や《クロード・モネ黄昏、ヴェネツィア》など各画家の代表的な作品も集め、貴重なコレクションを作り上げることになりました。

石橋正二郎の美術館への情熱

正二郎は、1950年グッドイヤー社との技術提携のためにアメリカに1ヶ月滞在した際、仕事の合間をぬって10館以上の美術館を見てまわりました。中でも感銘をうけたのが、ニューヨーク近代美術館だったそうです。通常、美術館といえば公園の中に巨大な建物を構えているのが一般的です。しかし、ニューヨーク近代美術館は、都心にある複合ビルの一部分を使用した施設で、その立地から様々な人が出入りする様子が見受けられ、自身も「名品を一般の人に気軽に見てもらいたい」との思いから、ブリヂストン本社2階をギャラリーにしてコレクションを一般公開したのがはじまりです。この時、1丁目1番地に所在していたブリヂストン本社は建て直しの最中でしたが、急な設計変更をしてまで美術館を作り上げるほどの情熱を持っていました。

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馴染みやすく気軽に訪れられる美術館

石橋正二郎は個人コレクションを公開することで、文化の向上に寄与することがかねてからの念願であったため、美術館を私物化することなく4年後には財団法人石橋財団を設立しコレクションの大半を寄付します。

その後、正二郎から息子、孫へとその意思が引き継がれ、それぞれの代で絵画を収集したことで、コレクションの幅・年代が広がりました。今では、美術の系譜をたどる事ができるほど作品の種類も膨らんでいます。国内での美術品の購入も多く、もともと、戦前に美術コレクターによって選び抜かれた絵画の中から、石橋正二郎という美術好きの人間によって更に厳選され、二重のフィルターを通して収集されています。このような背景もあり、宗教的なバックグラウンドが無くても楽しめる風景画等を多く収蔵するなど、絵と向かい合うだけでその良さや味わいを感じられる様な、日本人の目に馴染みやすい作品が多く収蔵されています。また、そのわかりやすさから美術鑑賞の入門になるともいえるでしょう。

美術の裾野を広げる教育普及活動

ブリヂストン美術館は、ビジネス街に位置するため男性比率が高い傾向にあります。東京駅の新幹線側にあるので、出張で東京に来た人が乗車までのあいた時間にフラッと立ち寄ることもありました。こうしてビジネスマンが絵画に出会う場所を作ってきたのかもしれません。
また、教育普及活動として開館より半世紀以上「土曜講座」で各界の専門家による講演を実施してきました。さらに、小学生を含む家族を対象に、ゲームやクイズを交えながら楽しく作品をみてもらうための「ファミリープログラム」や学校団体向けの「スクールプログラム」も年間40回以上実施しています。京橋は、東西線、中央線、銀座線、都営浅草線、山手線などを利用して広範囲から乗り換えなしでこられる場所なので、団体や、子連れでの移動に便利で、広い地域の方が訪れています。

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美術の街 京橋

美術好きの間では、「京橋イコール美術館のある街」というイメージが浸透しておりその楽しみ方も様々です。銀座から京橋にむかって、散歩がてら画廊や美術館を巡ることもできるほど見どころが多数あります。
また、京橋と絵画のつながりを感じさせる面白いエピソードがあります。関東大震災以前、今は明治屋京橋ビルが建っている場所にあったメイゾン鴻乃巣というレストランのオーナーシェフ・奥田駒蔵は、関根正二の代表作のひとつ《子供》という絵を所有していたそうです。しかし、時代の流れとともに京都、神戸と流れてしまいますが、その後ブリヂストン美術館が購入しました。もともと京橋にあった絵画が、巡り巡ってまた、京橋に戻ってきたのは運命的なものを感じずにはいられません。

21世紀にふさわしい美術館にリニューアル

現在休館中ですが、東京オリンピックの前までに再開館する予定です。これまでは9階建ての2階に位置していたのが、23階建ての下層の複数のフロアを使用し、展示面積はこれまでより広く生まれ変わります。今までの建物は、オフィス仕様だったため美術館にしては天井が低く作られていましたが、今回は天井を高く設計し、大きな作品も展示できるような空間にリニューアルいたします。
「世の人々の楽しみと幸福のために」という石橋正二郎のモットーを基本理念とし、人々に愛される美術館として歴史を刻んでいくこととなるでしょう。

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主な収蔵作品

エドゥアール・マネ《自画像》
クロード・モネ《黄昏、ヴェネツィア》
ピエール=オーギュスト・ルノワール《すわるジョルジェット・シャルパンティエ嬢》
ポール・セザンヌ《サント=ヴィクトワール山とシャトー・ノワール》
アンリ・マティス《青い胴着の女》
パブロ・ピカソ《腕を組んですわるサルタンバンク》
ジャクソン・ポロック《number 2, 1951》
藤島武二《黒扇》

PROFILE

ブリヂストン美術館 学芸部長:貝塚 健
お母様の影響で小学校入学前から美術館に通い、幼い頃から絵画に親しんでいた。中学生になると一人で美術館を訪れるようになり、とくに西武美術館(セゾン美術館)が好きで足繁く通う。その後、東京大学文学部美術史学専修課程卒業。1989年10月(当時30歳)より学芸員。専門は日本近代美術史で、企画・担当した主な展覧会に、「小出楢重の自画像」(1998年)、「藤島武二展」(2002年)、「岡鹿之助展」(2008年)、「安井曾太郎の肖像画」(2009年)、「青木繁展」(2011年)などがある。著書に『博物館概論』(樹村房、共著)。

施設名:ブリヂストン美術館
※ブリヂストン美術館は、ただいま長期休館中です。
Webサイト:http://www.bridgestone-museum.gr.jp/

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